JOURNAL
白い器を彩る四季のレシピ - 料理家・冷水希三子さん
RECIPE 01 マグロとビーツの赤いサラダ RECIPE 02 ハトシ RECIPE 03 鶏胸肉のピカタ ブルーチーズソース マグロとビーツの赤いサラダ 料理家 冷水希三子さんの「マグロとビーツの赤いサラダ」レシピをご紹介。白い器との相性も抜群!食卓が華やぐおもてなしメニューです。 材料(3〜4人分) マグロ 120g ビーツ 100g 苺 6個(プラムでも良い 1〜2個) ラディッシュ 5〜6個 トレビス 適量 A ピスタチオ(正味) 15g 醤油 小さじ1...
白い器を彩る四季のレシピ - 料理家・冷水希三子さん
RECIPE 01 マグロとビーツの赤いサラダ RECIPE 02 ハトシ RECIPE 03 鶏胸肉のピカタ ブルーチーズソース マグロとビーツの赤いサラダ 料理家 冷水希三子さんの「マグロとビーツの赤いサラダ」レシピをご紹介。白い器との相性も抜群!食卓が華やぐおもてなしメニューです。 材料(3〜4人分) マグロ 120g ビーツ 100g 苺 6個(プラムでも良い 1〜2個) ラディッシュ 5〜6個 トレビス 適量 A ピスタチオ(正味) 15g 醤油 小さじ1...
#わたしのミングトゥリー 浅本充さん編「週末ブランチ」
1957年に発売した歴史あるミングトゥリーの新ライン「MING TREE Ⅱ(ミングトゥリー セカンドエディション)」が、グラフィックデザイナー・小林一毅氏のデザインによって誕生しました。この記事では「#わたしのミングトゥリー」と題し、プロフェッショナルの食卓でミングトゥリーがどのように使われているのかをご紹介します。 今回の食卓は、コーヒーやパンに造形が深く、数々のカフェの監修やメニュー開発など、食に幅広く携わる株式会社ユニテを立ち上げ、代表を務める浅本充さんです。 フランスや ニューヨークなど海外経験も豊富で、日本のカフェトレンドの最先端を担う浅本さんに、ご自宅からとある週末のブランチを届けていただきました。 浅本さん:「ミングトゥリー セカンドエディションは、クラシックな雰囲気の中にもどんな食事にも合う柔軟なデザインと形が気に入ってます。朝食の時間が好きなので、このボウルはスープを盛り付けるのにとても重宝しています。美味しいクロスバンズを買ったので、グリンピースのポタージュを春らしく合わせてみました。今回は週末のブランチだったので、最近お気に入りのオレンジワインも」 国内外を忙しく飛び回っている浅本さんが、休日にご自宅で落ち着いてゆっくりとされている様子が伝わってきます。 空間も時間の使い方も心も、全てにおいて詰め込みすぎず、余白を大切にしているという浅本さん。テーブルにさりげなく飾られた花や、ミングトゥリー セカンドエディションの深い青、そして旬のグリンピースの緑がさりげなく色を添えているようです。 目を惹く絵柄ながらも、すっと料理やテーブルに馴染み、大らかに包み込んでくれるのは、余白とバランスの完成したデザインならではなのかもしれません。皆さんも、思い切って様々な料理や食材とのコラボレーションを楽しんでいただけたら嬉しいです。 浅本充 @makoto_asamoto都内有名飲食店でサービス、ソムリエ、マネージャーを10年経験した後、渡米。2009年 株式会社ユニテを設立する。海外での豊富な経験を生かしたライフスタイルの提案やフードカルチ ャーの表現を得意とする。近年では、『LACOSTE』『Agnes b』『GAP』『Saturdays』『MARNI FLOWER CAFE』など様々なファッションブランドや企業の飲食部門やライフスタイルやコンサルティングに参加し、カフェ監修、メニュー開発等、食に関わる分野を幅広く手がけている。 photo : Makoto Asamototext : Hisako Namekataedit : Sahoko Seki...
#わたしのミングトゥリー 浅本充さん編「週末ブランチ」
1957年に発売した歴史あるミングトゥリーの新ライン「MING TREE Ⅱ(ミングトゥリー セカンドエディション)」が、グラフィックデザイナー・小林一毅氏のデザインによって誕生しました。この記事では「#わたしのミングトゥリー」と題し、プロフェッショナルの食卓でミングトゥリーがどのように使われているのかをご紹介します。 今回の食卓は、コーヒーやパンに造形が深く、数々のカフェの監修やメニュー開発など、食に幅広く携わる株式会社ユニテを立ち上げ、代表を務める浅本充さんです。 フランスや ニューヨークなど海外経験も豊富で、日本のカフェトレンドの最先端を担う浅本さんに、ご自宅からとある週末のブランチを届けていただきました。 浅本さん:「ミングトゥリー セカンドエディションは、クラシックな雰囲気の中にもどんな食事にも合う柔軟なデザインと形が気に入ってます。朝食の時間が好きなので、このボウルはスープを盛り付けるのにとても重宝しています。美味しいクロスバンズを買ったので、グリンピースのポタージュを春らしく合わせてみました。今回は週末のブランチだったので、最近お気に入りのオレンジワインも」 国内外を忙しく飛び回っている浅本さんが、休日にご自宅で落ち着いてゆっくりとされている様子が伝わってきます。 空間も時間の使い方も心も、全てにおいて詰め込みすぎず、余白を大切にしているという浅本さん。テーブルにさりげなく飾られた花や、ミングトゥリー セカンドエディションの深い青、そして旬のグリンピースの緑がさりげなく色を添えているようです。 目を惹く絵柄ながらも、すっと料理やテーブルに馴染み、大らかに包み込んでくれるのは、余白とバランスの完成したデザインならではなのかもしれません。皆さんも、思い切って様々な料理や食材とのコラボレーションを楽しんでいただけたら嬉しいです。 浅本充 @makoto_asamoto都内有名飲食店でサービス、ソムリエ、マネージャーを10年経験した後、渡米。2009年 株式会社ユニテを設立する。海外での豊富な経験を生かしたライフスタイルの提案やフードカルチ ャーの表現を得意とする。近年では、『LACOSTE』『Agnes b』『GAP』『Saturdays』『MARNI FLOWER CAFE』など様々なファッションブランドや企業の飲食部門やライフスタイルやコンサルティングに参加し、カフェ監修、メニュー開発等、食に関わる分野を幅広く手がけている。 photo : Makoto Asamototext : Hisako Namekataedit : Sahoko Seki...
#わたしのミングトゥリー 野口真紀さん編 「朝食からディナーまで」
1957年に発売した歴史あるミングトゥリーの新ライン「MING TREE Ⅱ(ミングトゥリー セカンドエディション)」が、グラフィックデザイナー・小林一毅氏のデザインによって誕生しました。この記事では「#わたしのミングトゥリー」と題し、プロフェッショナルの食卓でミングトゥリーがどのように使われているのかをご紹介します。 今回の食卓は、旬の食材を使い、栄養を考えた家庭料理を提案する料理研究家の野口真紀さん。レシピはもちろん、器や布使いまで、真紀さんの食卓を丸ごと学びたいというファンが多く、様々なメディアで活躍されています。 「のらぼうのグリルに里芋とカッテージチーズのマッシュサラダ、人参とカブ蒸しもの、ゆで卵とプレミア人参ジュースで健康的な朝ごはん。たまには朝寝坊してゆっくりな朝ごはん」 ワンプレート朝食を25cmの大きめのお皿に盛り付けるだけで、ちょっとリッチな気分に。ゆっくりと過ごす朝に嬉しいひと皿です。 「深さのある18cmクープ皿にはアサイーボウルを盛りつけてベーグルハムサンドと合わせてみた朝ごはん。ミングトゥリーのシリーズは、クラシックな雰囲気と白とネイビーの上品な高級感がお気に入りポイントです。お料理も盛りやすく、軽くてとても気楽に使えます。食洗機に入れてもびくともしないタフな器は日々使いにピッタリ。うちにはないビジュアルの良さが新鮮で子供たちもベビーユーザーです」 「ステーキとエリンギバターバジル、フライドポテトのディナーにも。トマトポタージュと赤ワインを合わせました。軽い朝ごはんでもワインに合わせたしっかりディナーでもゴージャスなコーディネートになりますね」 目を惹く絵柄ながら、様々な料理を受け止めてくれる懐の深さを持ったミングトゥリー セカンドエディション。気軽に盛りつけてみれば、いつもよりちょっと贅沢な気分になるはず。 野口真紀 料理研究家1973年東京都生まれ。料理雑誌の編集者を経て、料理研究家として独立。雑誌やWebメディアでレシピ提案はもちろん、ライフスタイルの指南役としても活躍。著書も多数、料理教室も主宰。@makinoguchi1022 photo : Maki Noguchitext: Sahoko Seki #わたしのミングトゥリー記事一覧・丸山智博さん編「ある日の朝食」・野口真紀さん編 「朝食からディナーまで」
#わたしのミングトゥリー 野口真紀さん編 「朝食からディナーまで」
1957年に発売した歴史あるミングトゥリーの新ライン「MING TREE Ⅱ(ミングトゥリー セカンドエディション)」が、グラフィックデザイナー・小林一毅氏のデザインによって誕生しました。この記事では「#わたしのミングトゥリー」と題し、プロフェッショナルの食卓でミングトゥリーがどのように使われているのかをご紹介します。 今回の食卓は、旬の食材を使い、栄養を考えた家庭料理を提案する料理研究家の野口真紀さん。レシピはもちろん、器や布使いまで、真紀さんの食卓を丸ごと学びたいというファンが多く、様々なメディアで活躍されています。 「のらぼうのグリルに里芋とカッテージチーズのマッシュサラダ、人参とカブ蒸しもの、ゆで卵とプレミア人参ジュースで健康的な朝ごはん。たまには朝寝坊してゆっくりな朝ごはん」 ワンプレート朝食を25cmの大きめのお皿に盛り付けるだけで、ちょっとリッチな気分に。ゆっくりと過ごす朝に嬉しいひと皿です。 「深さのある18cmクープ皿にはアサイーボウルを盛りつけてベーグルハムサンドと合わせてみた朝ごはん。ミングトゥリーのシリーズは、クラシックな雰囲気と白とネイビーの上品な高級感がお気に入りポイントです。お料理も盛りやすく、軽くてとても気楽に使えます。食洗機に入れてもびくともしないタフな器は日々使いにピッタリ。うちにはないビジュアルの良さが新鮮で子供たちもベビーユーザーです」 「ステーキとエリンギバターバジル、フライドポテトのディナーにも。トマトポタージュと赤ワインを合わせました。軽い朝ごはんでもワインに合わせたしっかりディナーでもゴージャスなコーディネートになりますね」 目を惹く絵柄ながら、様々な料理を受け止めてくれる懐の深さを持ったミングトゥリー セカンドエディション。気軽に盛りつけてみれば、いつもよりちょっと贅沢な気分になるはず。 野口真紀 料理研究家1973年東京都生まれ。料理雑誌の編集者を経て、料理研究家として独立。雑誌やWebメディアでレシピ提案はもちろん、ライフスタイルの指南役としても活躍。著書も多数、料理教室も主宰。@makinoguchi1022 photo : Maki Noguchitext: Sahoko Seki #わたしのミングトゥリー記事一覧・丸山智博さん編「ある日の朝食」・野口真紀さん編 「朝食からディナーまで」
「OKUSHIBU ご近所トーク」SHIBUYA PUBLISHING & BOOKSELLE...
LOST AND FOUNDに来たなら行くべき話題のご近所スポットに、エリアの魅力と自店の紹介をたっぷり話していただく連載「OKUSHIBU ご近所トーク」の第二回をお届けします。自然に溢れながら、レストランやカフェ、アパレルや音楽、インテリア、アートなど…様々なカルチャーが心地よく交差する奥渋エリア。私たちがこの場所に店舗を構えたのは、自然の中で商業と住宅が混ざり合い、新旧のカルチャーが共存する独自の魅力を持った街だからです。この街に集うプロフェッショナルとエリアの魅力をとことん話してみよう、と奥渋愛とともに始まった連載をどうぞお楽しみください。 今回ご出演いただくのは、渋谷区神山町の本屋「SHIBUYA PUBLISHING & BOOKSELLERS(以下SPBS)」。2008年のオープン以来、進化し続ける奥渋エリアで変わらず愛され続けている数少ない店舗です。コミュニケーションディレクター・佐和千晶さんにお話を伺いました。 ――早速ですが、SPBSのオープン当初、奥渋はどんな街だったのでしょうか。「私たちは2007年創業、店舗は2008年にオープンしました。当時はまだ『奥渋谷』という言葉も定着していなくて、住宅街と商店街が隣接するエリアでした。ちょうど同じくらいのタイミングでビストロの『アヒルストア』さんがオープンし、そこから少しずつお洒落なカフェやストアができてきたと聞いています。弊社代表の福井盛太が神山町の商店街の方とこのエリアをどうやって盛り上げていくかという中で、『奥渋谷』という名で街をブランディングしていこうと働きかけていったそうです。そして街のフラッグを作る際に、デザイナーさんと奥渋谷よりも『奥渋』がいいんじゃないかという話になったとか…。と言っても、『奥渋』という名称の誕生には諸説あるようですね(笑)」 ――まだあまり知られていなかったこのエリアに、店舗をオープンしたのは何故だったのでしょう。「まだこのエリアは今ほどの人通りの多さや商業的な賑わいはなく、でも地元の方々同士の距離が近く、そして渋谷駅から少し離れていて洗練されているけど下町感があるという、絶妙な感じを代表が気に入り、ここに決めたという経緯があります」 ――オープン当初から、クリエイティブな方々が集まっていましたよね。「そうですね。NHKの近くでしたし、当時から広告関連やクリエイターの方が多く活動しているエリアなので、今も変わらずそういうお客さまにもお越しいただいています」 ――佐和さんご自身はどんな経緯でSPBSに入ったのですか。「わたしがSPBSを知ったのは2012年くらいで、このエリアがちょっとお洒落そう!と思い、『FUGLEN』さんに寄った帰りに初めてSPBSに寄った記憶があります。元々は本に関わっていたわけではなく、百貨店に勤めていて、色々とリサーチする中でこのお店は企画のヒントがありそう!と思って行ってみました。当時独立系の書店ってまだあまりなく、コンパクトにセレクトされた本がとても新鮮に映ったことを覚えています。それからネタを探しによく足を運ぶようになりました。今では書店でのトークイベントはよくあると思いますが、当時から様々な分野の方たちとジャンルを横断したトークイベントなどを積極的にやっていて、とても新鮮でしたね」 ――通っていくうちに働くことに?「そうですね。通いながら、2020年にSPBSが新店舗を出すというタイミングで参加してみたいと思い、入社しました。現在は、主にイベント企画やプロモーションを担当しています」 ――SPBSのスタッフの方もお店に通っていたという方が多くいらっしゃるそうですね。「ここで働きたいと思ってもらえるのは嬉しいですね。SPBSを卒業した歴代店長やスタッフたちが、ブックディレクターや自分で書店を開いたりと、それぞれに活躍しているので、働くスタッフのモチベーションにもなっています」 ――長く愛され続けているSPBSは、他の本屋さんとは違う魅力があります。「コンセプトは“入り口の本屋”。まだ本を読み慣れていない方たちも安心して入れるように作られています。ジャンルごとに整理されているのではなく、編集的な視点で本を組み合わせていくことを心がけています。つまり、明確にジャンル分けされた棚にはなっておらず、その時そのときの関心ごとや、時代によって生まれる問いみたいなものに関連したものを置くようにしています。あとはスタッフの好きという気持ちも反映されていますね。一つの棚にビジネス本もあれば、アートの本もあれば、ZINEもある…。気づかない関係性みたいなものを提示して、思いがけない感覚で出会いがあると嬉しいです」 ――店舗から編集の力を感じます。そして手書きポップも印象的です。「オープン当初から変わらない売り方です。みんないつも頭を悩ませながら、時間をかけて言葉を探していますが、やはりポップを置いている本は旅立つスピードが早いですよね」 ――雑誌が売れないと言われている時代ですが、紙の難しさを感じることはありますか?「ここにいらっしゃる方って、何かしらの問いを持っていて、そういう方たちはデジタルで見つかる答えではなく、自分で考えたいと思っている方が多いように感じます。そういう意味ではデジタルで到達できないものだったり、手に持った質感で理解して脳に伝わるような答えを求めているのかなと。今の時代に、少しは役割を果たせているのかなとは思います。むしろ紙の大切さを実感している方が多くいらっしゃり、SPBSでは本の需要が伸びている印象がありますね。また、近年は各地でブックフェアなども盛況と聞きますし、本そのものだけでなく、『誰から買うか』といった関係性も含めて、本のあり方が見直されているのかもしれません」 ――街にとってはもちろん、業界にとってもSPBSの役割は大きなものだと思います。「本を売ることはもちろんですが、ジャンルを横断した対話の機会や、場づくりというのはずっと意識しています」 ――これまで作ってきた『場』について聞かせてください。「トークイベント以外にも、編集ワークショップということを長年続けていて、本の作り方や雑誌の作り方を提案してきました。その延長として、“本屋の学校”『SPBS THE SCHOOL』もスタートし、本や雑誌、写真集、歌集の作り方に加えて、ポッドキャストの番組づくりまで、本を起点としたさまざまな講座を実施してきました。本を作りたいと思っている方が、ここ数年で特に増えている印象です。デザイナーや編集者はもちろん、そうではない一般の方も。ある意味、デジタルの進化によって、制作や発信のハードルが下がったこともあり、自分の視点や表現をかたちにしたいという動きが、より身近なものになってきているのかもしれません。自分を表現するツールとしてリトルプレスやZINEが盛り上がっていますね。SPBSでもひとつのコーナーができるくらいです。そういう方々が持つ問いや時代感は、いろんな発見があるし、選書のヒントを与えていただくことも多いです」 ――パソコンや携帯が何でも教えてくれる時代ですが、実際に人と人の間で交わされる会話によって知ることができるのは貴重な機会ですね。「オープン当初から様々なジャンルのクリエイターたちに支えられ、トークイベントやワークショップを実施しながら、店舗が認知されてきました。SPBSでも創業当初は『Made in Shibuya』というレーベルをつくって、岡本仁さんにアドバイザーに入っていただき、自分たちの好きなテーマでZINEを作ったりしました。今思えば、とても贅沢ですね。代表の前職が編集者だったこともあり、編集スペースをお店から見えるようにガラス張りにして、自分たちで作ったできたての本を自分たちの手で提供するという、パン屋さんのような本屋さんを作りたかったそうです」 ――当時代表の福井さんがブログやTwitter(X)で発信していたことを思い出します。「本を買う場所であると同時に、発見やきっかけの場所にするというのが代表の想いでした。今はオフィスをコワーキングスペースとしても貸し出していて、そういうかたちでまた人と出会えるのは私たちにとって、とても大きなことですね」 ――街もどんどん変化していますね。「カフェやギャラリー、セレクトショップなど、新しいお店もどんどん増えて、認知度が大きく変わったと思います。街として輪郭がはっきりしてきたというような印象がすごくありますね」 ――これからも進化を続けていく街で、どんな存在でありたいと考えていますか?「人と人をつなぐ接点になり続けたいという想いがあります。駅から少し距離があって小規模なお店が多いので、顔が見える距離感というか。代表が物件を探していた頃に感じた魅力をより楽しめるエリアになっていくと嬉しいですね。なかなか繁華街では成り立たない、どこのお店に行っても知り合いじゃないけど知った顔というか、その距離感がすごく良く、私たちのお店もそう思っていただけるといいなと思います」 本は一人静かに向き合うだけが楽しみではない。SPBSの存在から、本には膨大な人が関わっていることに気づかされ、様々な楽しみが隠されていることを感じます。独自の世界観の中で棚から棚へ、ゆっくりと選書の妙と手書きポップのワクワク感を味わう時間は、ここならでは。これまで多くのクリエイターたちとともに築き上げてきた場は、今後も私たちに新たな出会いをもたらしてくれるはず。変わりゆく奥渋エリアの散歩の始まりは、変わらずに18年間存在するSPBSから是非!忘れられてしまった大切なものが見つかる、もう一つの場所として、LOST AND FOUNDとともに楽しんでみてください。...
「OKUSHIBU ご近所トーク」SHIBUYA PUBLISHING & BOOKSELLE...
LOST AND FOUNDに来たなら行くべき話題のご近所スポットに、エリアの魅力と自店の紹介をたっぷり話していただく連載「OKUSHIBU ご近所トーク」の第二回をお届けします。自然に溢れながら、レストランやカフェ、アパレルや音楽、インテリア、アートなど…様々なカルチャーが心地よく交差する奥渋エリア。私たちがこの場所に店舗を構えたのは、自然の中で商業と住宅が混ざり合い、新旧のカルチャーが共存する独自の魅力を持った街だからです。この街に集うプロフェッショナルとエリアの魅力をとことん話してみよう、と奥渋愛とともに始まった連載をどうぞお楽しみください。 今回ご出演いただくのは、渋谷区神山町の本屋「SHIBUYA PUBLISHING & BOOKSELLERS(以下SPBS)」。2008年のオープン以来、進化し続ける奥渋エリアで変わらず愛され続けている数少ない店舗です。コミュニケーションディレクター・佐和千晶さんにお話を伺いました。 ――早速ですが、SPBSのオープン当初、奥渋はどんな街だったのでしょうか。「私たちは2007年創業、店舗は2008年にオープンしました。当時はまだ『奥渋谷』という言葉も定着していなくて、住宅街と商店街が隣接するエリアでした。ちょうど同じくらいのタイミングでビストロの『アヒルストア』さんがオープンし、そこから少しずつお洒落なカフェやストアができてきたと聞いています。弊社代表の福井盛太が神山町の商店街の方とこのエリアをどうやって盛り上げていくかという中で、『奥渋谷』という名で街をブランディングしていこうと働きかけていったそうです。そして街のフラッグを作る際に、デザイナーさんと奥渋谷よりも『奥渋』がいいんじゃないかという話になったとか…。と言っても、『奥渋』という名称の誕生には諸説あるようですね(笑)」 ――まだあまり知られていなかったこのエリアに、店舗をオープンしたのは何故だったのでしょう。「まだこのエリアは今ほどの人通りの多さや商業的な賑わいはなく、でも地元の方々同士の距離が近く、そして渋谷駅から少し離れていて洗練されているけど下町感があるという、絶妙な感じを代表が気に入り、ここに決めたという経緯があります」 ――オープン当初から、クリエイティブな方々が集まっていましたよね。「そうですね。NHKの近くでしたし、当時から広告関連やクリエイターの方が多く活動しているエリアなので、今も変わらずそういうお客さまにもお越しいただいています」 ――佐和さんご自身はどんな経緯でSPBSに入ったのですか。「わたしがSPBSを知ったのは2012年くらいで、このエリアがちょっとお洒落そう!と思い、『FUGLEN』さんに寄った帰りに初めてSPBSに寄った記憶があります。元々は本に関わっていたわけではなく、百貨店に勤めていて、色々とリサーチする中でこのお店は企画のヒントがありそう!と思って行ってみました。当時独立系の書店ってまだあまりなく、コンパクトにセレクトされた本がとても新鮮に映ったことを覚えています。それからネタを探しによく足を運ぶようになりました。今では書店でのトークイベントはよくあると思いますが、当時から様々な分野の方たちとジャンルを横断したトークイベントなどを積極的にやっていて、とても新鮮でしたね」 ――通っていくうちに働くことに?「そうですね。通いながら、2020年にSPBSが新店舗を出すというタイミングで参加してみたいと思い、入社しました。現在は、主にイベント企画やプロモーションを担当しています」 ――SPBSのスタッフの方もお店に通っていたという方が多くいらっしゃるそうですね。「ここで働きたいと思ってもらえるのは嬉しいですね。SPBSを卒業した歴代店長やスタッフたちが、ブックディレクターや自分で書店を開いたりと、それぞれに活躍しているので、働くスタッフのモチベーションにもなっています」 ――長く愛され続けているSPBSは、他の本屋さんとは違う魅力があります。「コンセプトは“入り口の本屋”。まだ本を読み慣れていない方たちも安心して入れるように作られています。ジャンルごとに整理されているのではなく、編集的な視点で本を組み合わせていくことを心がけています。つまり、明確にジャンル分けされた棚にはなっておらず、その時そのときの関心ごとや、時代によって生まれる問いみたいなものに関連したものを置くようにしています。あとはスタッフの好きという気持ちも反映されていますね。一つの棚にビジネス本もあれば、アートの本もあれば、ZINEもある…。気づかない関係性みたいなものを提示して、思いがけない感覚で出会いがあると嬉しいです」 ――店舗から編集の力を感じます。そして手書きポップも印象的です。「オープン当初から変わらない売り方です。みんないつも頭を悩ませながら、時間をかけて言葉を探していますが、やはりポップを置いている本は旅立つスピードが早いですよね」 ――雑誌が売れないと言われている時代ですが、紙の難しさを感じることはありますか?「ここにいらっしゃる方って、何かしらの問いを持っていて、そういう方たちはデジタルで見つかる答えではなく、自分で考えたいと思っている方が多いように感じます。そういう意味ではデジタルで到達できないものだったり、手に持った質感で理解して脳に伝わるような答えを求めているのかなと。今の時代に、少しは役割を果たせているのかなとは思います。むしろ紙の大切さを実感している方が多くいらっしゃり、SPBSでは本の需要が伸びている印象がありますね。また、近年は各地でブックフェアなども盛況と聞きますし、本そのものだけでなく、『誰から買うか』といった関係性も含めて、本のあり方が見直されているのかもしれません」 ――街にとってはもちろん、業界にとってもSPBSの役割は大きなものだと思います。「本を売ることはもちろんですが、ジャンルを横断した対話の機会や、場づくりというのはずっと意識しています」 ――これまで作ってきた『場』について聞かせてください。「トークイベント以外にも、編集ワークショップということを長年続けていて、本の作り方や雑誌の作り方を提案してきました。その延長として、“本屋の学校”『SPBS THE SCHOOL』もスタートし、本や雑誌、写真集、歌集の作り方に加えて、ポッドキャストの番組づくりまで、本を起点としたさまざまな講座を実施してきました。本を作りたいと思っている方が、ここ数年で特に増えている印象です。デザイナーや編集者はもちろん、そうではない一般の方も。ある意味、デジタルの進化によって、制作や発信のハードルが下がったこともあり、自分の視点や表現をかたちにしたいという動きが、より身近なものになってきているのかもしれません。自分を表現するツールとしてリトルプレスやZINEが盛り上がっていますね。SPBSでもひとつのコーナーができるくらいです。そういう方々が持つ問いや時代感は、いろんな発見があるし、選書のヒントを与えていただくことも多いです」 ――パソコンや携帯が何でも教えてくれる時代ですが、実際に人と人の間で交わされる会話によって知ることができるのは貴重な機会ですね。「オープン当初から様々なジャンルのクリエイターたちに支えられ、トークイベントやワークショップを実施しながら、店舗が認知されてきました。SPBSでも創業当初は『Made in Shibuya』というレーベルをつくって、岡本仁さんにアドバイザーに入っていただき、自分たちの好きなテーマでZINEを作ったりしました。今思えば、とても贅沢ですね。代表の前職が編集者だったこともあり、編集スペースをお店から見えるようにガラス張りにして、自分たちで作ったできたての本を自分たちの手で提供するという、パン屋さんのような本屋さんを作りたかったそうです」 ――当時代表の福井さんがブログやTwitter(X)で発信していたことを思い出します。「本を買う場所であると同時に、発見やきっかけの場所にするというのが代表の想いでした。今はオフィスをコワーキングスペースとしても貸し出していて、そういうかたちでまた人と出会えるのは私たちにとって、とても大きなことですね」 ――街もどんどん変化していますね。「カフェやギャラリー、セレクトショップなど、新しいお店もどんどん増えて、認知度が大きく変わったと思います。街として輪郭がはっきりしてきたというような印象がすごくありますね」 ――これからも進化を続けていく街で、どんな存在でありたいと考えていますか?「人と人をつなぐ接点になり続けたいという想いがあります。駅から少し距離があって小規模なお店が多いので、顔が見える距離感というか。代表が物件を探していた頃に感じた魅力をより楽しめるエリアになっていくと嬉しいですね。なかなか繁華街では成り立たない、どこのお店に行っても知り合いじゃないけど知った顔というか、その距離感がすごく良く、私たちのお店もそう思っていただけるといいなと思います」 本は一人静かに向き合うだけが楽しみではない。SPBSの存在から、本には膨大な人が関わっていることに気づかされ、様々な楽しみが隠されていることを感じます。独自の世界観の中で棚から棚へ、ゆっくりと選書の妙と手書きポップのワクワク感を味わう時間は、ここならでは。これまで多くのクリエイターたちとともに築き上げてきた場は、今後も私たちに新たな出会いをもたらしてくれるはず。変わりゆく奥渋エリアの散歩の始まりは、変わらずに18年間存在するSPBSから是非!忘れられてしまった大切なものが見つかる、もう一つの場所として、LOST AND FOUNDとともに楽しんでみてください。...
#わたしのミングトゥリー 丸山智博さん編「ある日の朝食」
1957年に発売した歴史あるミングトゥリーの新ライン「MING TREE Ⅱ(ミングトゥリー セカンドエディション)」が、グラフィックデザイナー・小林一毅氏のデザインによって誕生しました。この記事では「#わたしのミングトゥリー」と題し、プロフェッショナルの食卓でミングトゥリーがどのように使われているのかをご紹介します。 今回の食卓は、食にまつわる事業を数多く手掛ける株式会社シェルシュの代表を務める丸山智博さん。「MAISON CINQUANTECINQ」をはじめ、代々木上原を中心に「LANTERNE」「La Pita de maison cinquantecinq」「LANTERNE はなれ」「AELU」など、感度の高い人たちが注目する店舗を数多く展開しています。 優しい光が溢れるご自宅のダイニングから、ミングトゥリー セカンドエディションを使ったとある日の朝食を切り取っていただきました。 丸山さん:「美しく力強いデザインの、フレームのようなお皿。日常的でシンプルな料理を引き立ててくれるから、朝に出番が多いです。今日は旬の柑橘をたっぷりいただきたかったので、カルパッチョ仕立てにしました。清見オレンジのスライスに岩塩と上質なオリーブオイル、木の芽をアクセントにしました」 旬のものを取り入れた栄養も色もバランスの良いテーブルは、さすが食のスペシャリスト、多くの人気店を手がける丸山さんならではです。 色味を統一すれば、柄の皿でも上に皿を置いて美しいレイヤースタイルが完成! 特徴的なデザインのミングトゥリー セカンドエディションシリーズは、盛り付けづらいのでは?と感じる方もいらっしゃいますが、透明感のある白いベースに深い藍色の絵柄は、今回のオレンジのような鮮やかな色もすんなりと受け入れてくれます。 日々、何気なく食べている食事の「フレーム」を変えてみると、いつもとは違った景色が見えるかもしれません。 丸山智博 @chihiromaruyama株式会社シェルシュ代表長野県安曇野出身。フードディレクター兼エグゼクティブシェフとして、自社で手掛ける飲食店の運営だけでなく、レストラン、カフェ、居酒屋等幅広いジャンルの飲食店のプロデュース、コンサルティングを行う。メニュー開発、店舗設計、ブランディングを含めた食文化に精通したフードビジネス全般の提案を得意とし、うつわのギャラリーも経営。著書に「僕の好きな器、僕の好きな料理」(宝島社)がある。 photo : Chihiro Maruyamatext : Hisako Namekataedit : Sahoko Seki
#わたしのミングトゥリー 丸山智博さん編「ある日の朝食」
1957年に発売した歴史あるミングトゥリーの新ライン「MING TREE Ⅱ(ミングトゥリー セカンドエディション)」が、グラフィックデザイナー・小林一毅氏のデザインによって誕生しました。この記事では「#わたしのミングトゥリー」と題し、プロフェッショナルの食卓でミングトゥリーがどのように使われているのかをご紹介します。 今回の食卓は、食にまつわる事業を数多く手掛ける株式会社シェルシュの代表を務める丸山智博さん。「MAISON CINQUANTECINQ」をはじめ、代々木上原を中心に「LANTERNE」「La Pita de maison cinquantecinq」「LANTERNE はなれ」「AELU」など、感度の高い人たちが注目する店舗を数多く展開しています。 優しい光が溢れるご自宅のダイニングから、ミングトゥリー セカンドエディションを使ったとある日の朝食を切り取っていただきました。 丸山さん:「美しく力強いデザインの、フレームのようなお皿。日常的でシンプルな料理を引き立ててくれるから、朝に出番が多いです。今日は旬の柑橘をたっぷりいただきたかったので、カルパッチョ仕立てにしました。清見オレンジのスライスに岩塩と上質なオリーブオイル、木の芽をアクセントにしました」 旬のものを取り入れた栄養も色もバランスの良いテーブルは、さすが食のスペシャリスト、多くの人気店を手がける丸山さんならではです。 色味を統一すれば、柄の皿でも上に皿を置いて美しいレイヤースタイルが完成! 特徴的なデザインのミングトゥリー セカンドエディションシリーズは、盛り付けづらいのでは?と感じる方もいらっしゃいますが、透明感のある白いベースに深い藍色の絵柄は、今回のオレンジのような鮮やかな色もすんなりと受け入れてくれます。 日々、何気なく食べている食事の「フレーム」を変えてみると、いつもとは違った景色が見えるかもしれません。 丸山智博 @chihiromaruyama株式会社シェルシュ代表長野県安曇野出身。フードディレクター兼エグゼクティブシェフとして、自社で手掛ける飲食店の運営だけでなく、レストラン、カフェ、居酒屋等幅広いジャンルの飲食店のプロデュース、コンサルティングを行う。メニュー開発、店舗設計、ブランディングを含めた食文化に精通したフードビジネス全般の提案を得意とし、うつわのギャラリーも経営。著書に「僕の好きな器、僕の好きな料理」(宝島社)がある。 photo : Chihiro Maruyamatext : Hisako Namekataedit : Sahoko Seki
行方ひさこのLOST AND FOUNDなスタイル ― スタイリスト、フォトグラファー、クリエ...
時代を明るくリードしてくれる、様々な分野のプロフェッショナルたち。そんなプロたちが選んだLOST AND FOUNDのアイテムと共にお送りする「行方ひさこのLOST ANDFOUNDなスタイル」。仕事、プライベート共にたくさんのものを見て、真摯に向き合ってきた彼らだからこその、モノを選択する時の視点やこだわり、向き合う姿勢などを掘り下げていきます。 熊谷隆志/くまがい・たかし スタイリスト・クリエイティブディレクター・フォトグラファー 1970年生まれ。渡仏後、1994年に日本でスタイリストとしての活動をスタート。後にフォトグラファーとしての活動も開始する。1998年に自身がディレクターをつとめるファッションブランドGDCをスタートさせる。長年、トップスタイリストとして活躍し、現在も数多くのブランドやプロジェクトを手掛ける。@takashikumagai 「行方ひさこのLOST AND FOUNDなスタイル」2026年第一回目のゲストは、私の師匠とも呼べるボスであり、スタイリスト、フォトグラファー、クリエイティブディレクターの熊谷隆志さんをお迎えします。 ファッションブランドGDC(ジー・ディー・シー)を完全再起動させ、大きな話題となったのは2025年春のこと。GDCと言えば、1998年に一型のTシャツからスタートし、ストリートブランドブームを牽引する存在として一躍有名になりました。当時、スタイリストが作るブランドは珍しく、パイオニア的な存在でもありました。瞬く間にトップブランドへと成長しましたが、2010年ごろにGDCを手放し、その後も熊谷さんご自身は、スタイリストやフォトグラファーとしてはもちろん、さまざまなブランドのディレクションを手掛けられたりと、多方面で活躍されています。 私と熊谷さんの出会いは1990年代後半、ひょんなことからGDCの立ち上げ、そして運営に参画することに。熊谷さんを含む役員3人で立ち上げたGDCを、全くの未経験である私が一緒に伴走することになり、その後10年近くご一緒させていただきました。 あれから15年の時を経て、なぜ、このタイミングでGDCを復活させたのか、ブランド立ち上げ当初や1990年代の話しと共に、目利きである熊谷さんがLOST AND FOUNDの中からセレクトした一品についても話しを伺っていきます。 ひらめいたら、即、行動 行方:「色々な取材で何度も聞かれたと思いますが、GDCを復活させようと思ったきっかけはなんですか?」 熊谷:「色々とブランドのディレクションをしてきたけど、自分のクリエイションが思い通りに出来なくなったから。新しいブランドをゼロイチでやるよりも、過去にやっていたGDCをもう一度再起動するのが手っ取り早いかなと思って。自分のルーツだからね」 行方:「私にとってもルーツだと思っています。地方での撮影や仕事で出会う40歳くらいの男性に『ひさこさんってGDCでしたよね!』と興奮気味に声をかけられることも多いです。しかも、ここ最近が特に多くて、お会いする当日にTシャツを着てきてくれたりするんですよ」 熊谷:「ほぉ、ひさこがGDCだったって知ってる人がいるんだ。一人でやり出してからはセレブ売りじゃなかった?」 行方:「そんな売り方はしてないです(笑)。ゴルフウェアのディレクションもされてますよね。私もゴルフウェアのディレクターを長くしていたので、時期がかぶっていたら面白かったなのになと思っていました。それにしても多岐に渡るご活躍で!相変わらず、たくさんのプロジェクトを同時進行していて驚きます。あまりお会いしていなかったので、少し落ち着かれてるのかなと思ってたけど、全くそんなことはなかったですね(笑)」 熊谷:「ゴルフウェアもやってるし、色々やってる。でも、やっぱり自分だけでできるものではないからね。だから、自分が全てコントロールできるものをやろうと思ったの。それに、全く落ち着いてはないね。GDCを一度やめた時くらいが一番落ち着いていたかもしれない。GDCの後半くらいからサーフィンを始めて、その流れで一旦仕事もプライベートも緩やかになった時期はあったかな」 行方:「サーフボードを作ったり、家具をデザインしたり、植物で庭をデザインしたり、クラフトにいったりと側から見ていると好きなことや趣味をどんどん仕事にしていくバイタリティが本当に半端ないなと昔から思ってました。いつも世間よりちょっと早いし、スピード感も爆速なのでなかなか凡人にはついていけないと思います」 熊谷:「時間がないから趣味を仕事にするしか方法がないの(笑)」 行方:「そうですよね。いつも突然、すごい角度でいろんな豪速球が飛んでくるなって感覚で仕事をしてました。決断力も行動力も全てが速すぎて、一瞬でも気を抜くと、あっという間に置いていかれちゃう。ついていくだけじゃ仕事にならないから、先回りしたり後ろに回ってフォローしたりと、とにかく人生で一番集中していた時期だったように思います。でも、コレクションに出たり、カフェやヨガ教室をやったり…普通の会社ではなかなか経験できないようなことを、ど真ん中でやらせていただいて、かなり幅を広げていただいたと思っています。GDCを離れて、そこからファッション界のいろいろな方々とお仕事をさせていただきましたが、GDCでの経験とスピードが高速すぎて、全てがものすごいスローモーションに見えました(笑)。思いついたらすぐ連絡、そしてすぐに即決!という熊谷さんですが、何かを決める時に大切にしていることはありますか?」 熊谷:「車の運転中にひらめくことが多い」 行方:「ロゴTシャツの言葉やデザインも、急に上から降りてくることが多かったですよね。GDCの記念すべき一番最初のTシャツも、Tシャツでも作ろうかねと集まった最初の打ち合わせの開始3分くらいに『AVA-HA』がいいって言って、そのままデザインに突入したんですよね」 熊谷:「そうだっけ(笑)」 行方:「頭に浮かんだひらめきを、都度都度修正しながらもどんどん動いていくことで、確信がさらに現実的になっていく感じですね。」 熊谷:「直感は大体合ってるんだよね」...
行方ひさこのLOST AND FOUNDなスタイル ― スタイリスト、フォトグラファー、クリエ...
時代を明るくリードしてくれる、様々な分野のプロフェッショナルたち。そんなプロたちが選んだLOST AND FOUNDのアイテムと共にお送りする「行方ひさこのLOST ANDFOUNDなスタイル」。仕事、プライベート共にたくさんのものを見て、真摯に向き合ってきた彼らだからこその、モノを選択する時の視点やこだわり、向き合う姿勢などを掘り下げていきます。 熊谷隆志/くまがい・たかし スタイリスト・クリエイティブディレクター・フォトグラファー 1970年生まれ。渡仏後、1994年に日本でスタイリストとしての活動をスタート。後にフォトグラファーとしての活動も開始する。1998年に自身がディレクターをつとめるファッションブランドGDCをスタートさせる。長年、トップスタイリストとして活躍し、現在も数多くのブランドやプロジェクトを手掛ける。@takashikumagai 「行方ひさこのLOST AND FOUNDなスタイル」2026年第一回目のゲストは、私の師匠とも呼べるボスであり、スタイリスト、フォトグラファー、クリエイティブディレクターの熊谷隆志さんをお迎えします。 ファッションブランドGDC(ジー・ディー・シー)を完全再起動させ、大きな話題となったのは2025年春のこと。GDCと言えば、1998年に一型のTシャツからスタートし、ストリートブランドブームを牽引する存在として一躍有名になりました。当時、スタイリストが作るブランドは珍しく、パイオニア的な存在でもありました。瞬く間にトップブランドへと成長しましたが、2010年ごろにGDCを手放し、その後も熊谷さんご自身は、スタイリストやフォトグラファーとしてはもちろん、さまざまなブランドのディレクションを手掛けられたりと、多方面で活躍されています。 私と熊谷さんの出会いは1990年代後半、ひょんなことからGDCの立ち上げ、そして運営に参画することに。熊谷さんを含む役員3人で立ち上げたGDCを、全くの未経験である私が一緒に伴走することになり、その後10年近くご一緒させていただきました。 あれから15年の時を経て、なぜ、このタイミングでGDCを復活させたのか、ブランド立ち上げ当初や1990年代の話しと共に、目利きである熊谷さんがLOST AND FOUNDの中からセレクトした一品についても話しを伺っていきます。 ひらめいたら、即、行動 行方:「色々な取材で何度も聞かれたと思いますが、GDCを復活させようと思ったきっかけはなんですか?」 熊谷:「色々とブランドのディレクションをしてきたけど、自分のクリエイションが思い通りに出来なくなったから。新しいブランドをゼロイチでやるよりも、過去にやっていたGDCをもう一度再起動するのが手っ取り早いかなと思って。自分のルーツだからね」 行方:「私にとってもルーツだと思っています。地方での撮影や仕事で出会う40歳くらいの男性に『ひさこさんってGDCでしたよね!』と興奮気味に声をかけられることも多いです。しかも、ここ最近が特に多くて、お会いする当日にTシャツを着てきてくれたりするんですよ」 熊谷:「ほぉ、ひさこがGDCだったって知ってる人がいるんだ。一人でやり出してからはセレブ売りじゃなかった?」 行方:「そんな売り方はしてないです(笑)。ゴルフウェアのディレクションもされてますよね。私もゴルフウェアのディレクターを長くしていたので、時期がかぶっていたら面白かったなのになと思っていました。それにしても多岐に渡るご活躍で!相変わらず、たくさんのプロジェクトを同時進行していて驚きます。あまりお会いしていなかったので、少し落ち着かれてるのかなと思ってたけど、全くそんなことはなかったですね(笑)」 熊谷:「ゴルフウェアもやってるし、色々やってる。でも、やっぱり自分だけでできるものではないからね。だから、自分が全てコントロールできるものをやろうと思ったの。それに、全く落ち着いてはないね。GDCを一度やめた時くらいが一番落ち着いていたかもしれない。GDCの後半くらいからサーフィンを始めて、その流れで一旦仕事もプライベートも緩やかになった時期はあったかな」 行方:「サーフボードを作ったり、家具をデザインしたり、植物で庭をデザインしたり、クラフトにいったりと側から見ていると好きなことや趣味をどんどん仕事にしていくバイタリティが本当に半端ないなと昔から思ってました。いつも世間よりちょっと早いし、スピード感も爆速なのでなかなか凡人にはついていけないと思います」 熊谷:「時間がないから趣味を仕事にするしか方法がないの(笑)」 行方:「そうですよね。いつも突然、すごい角度でいろんな豪速球が飛んでくるなって感覚で仕事をしてました。決断力も行動力も全てが速すぎて、一瞬でも気を抜くと、あっという間に置いていかれちゃう。ついていくだけじゃ仕事にならないから、先回りしたり後ろに回ってフォローしたりと、とにかく人生で一番集中していた時期だったように思います。でも、コレクションに出たり、カフェやヨガ教室をやったり…普通の会社ではなかなか経験できないようなことを、ど真ん中でやらせていただいて、かなり幅を広げていただいたと思っています。GDCを離れて、そこからファッション界のいろいろな方々とお仕事をさせていただきましたが、GDCでの経験とスピードが高速すぎて、全てがものすごいスローモーションに見えました(笑)。思いついたらすぐ連絡、そしてすぐに即決!という熊谷さんですが、何かを決める時に大切にしていることはありますか?」 熊谷:「車の運転中にひらめくことが多い」 行方:「ロゴTシャツの言葉やデザインも、急に上から降りてくることが多かったですよね。GDCの記念すべき一番最初のTシャツも、Tシャツでも作ろうかねと集まった最初の打ち合わせの開始3分くらいに『AVA-HA』がいいって言って、そのままデザインに突入したんですよね」 熊谷:「そうだっけ(笑)」 行方:「頭に浮かんだひらめきを、都度都度修正しながらもどんどん動いていくことで、確信がさらに現実的になっていく感じですね。」 熊谷:「直感は大体合ってるんだよね」...