小林和人×幅允孝 1周年記念対談 vol.1 編集するということ

LOST AND FOUND旗艦店オープン1周年を記念して、プロダクトセレクターを務める小林和人さん(Roundabout, OUTBOUND オーナー)と、彼がラブコールを送ったBACH代表・幅允孝さんの対談が実現しました。

本を選ぶだけではないブックディレクターという仕事

小林さん:幅くんとはデザイン野郎の集いで会ったりしていますよね。

幅さん:長い付き合いですね、小林くんとは。あまり仕事はご一緒しないんですけど、酒席でよく会うんですよ。

小林さん:そうそう。楽しい場では会ってるんですけど、こういう場はあまりないですね。

幅さん:酔って歌ってない和人を見たのは久しぶり。いつも『QUEEN』を裏声で熱唱してるんで(笑)。

小林さん:コロナ禍でブランクあるんで、喉が閉じてきちゃってるかも(笑)!
さて、幅くんは『ブックディレクター』として活躍していますが、どういった仕事なのでしょうか。

幅さん:そうですね、ものすごく簡単に言うと図書館をつくる仕事をやっていまして、公共図書館から企業図書館、病院図書館まで。そこの、コンセプトと分類づくり、選書、配架、サイン計画や家具計画などをみることもあります。
時間の奪い合いが激しい今、なかなか本を読んでもらえないじゃないですか。でもやっぱり本じゃないと伝わらないところってあるのではなかろうかと、個人的に思っていて。本を読むために『本を選ぶ』ということと、『読む環境を整える』つまり空間作りの両方を合わせた図書館作りが多いですね。

小林さん:最近はどんな図書館を作りましたか?

幅さん:9月1日にリニューアルした『神奈川県立図書館』を。実はまだ道半ばで。
本館が新しくできたんですけど、ル・コルビュジエの愛弟子である前川 國男が1954年に初めて公共の図書館を作ったんです。その前川氏が作った公共図書館で今残ってるのは、国立国会図書館と神奈川県立図書館しかないんですよ。前川氏がつくった神奈川県立図書館を時代とともにちょっとずつ増床したり、少し強引に3階4階を作ったり。それで変わってしまったところをなるべくオリジナルの姿に戻し、現代の人に楽しんでもらえる場所として復活させるっていうプロジェクトを2026年にむかってやっていて、第一弾として、新しい本館はやりました。

小林さん:E&Yの松澤 剛さんや二俣 公一さんが載っているデザイン誌の『AXIS』でプロジェクトについてのインタビュー記事を見ましたよ。

幅さん:そうそう、その二人に家具を作ってもらって。
昔って建築と家具が一体化していて、神奈川県立図書館も、前川氏の右腕だった水之江 忠臣さんという方が、図書館のために椅子をデザインした。で、それがリニューアルを繰り返して、今でもプロダクト化して残っているんです。そういう来歴を調べるほど、新しくできる本館も、今の日本のプロダクトデザイナーに図書館のための家具をデザインしてもらい、それが残り続けるような体制ができないだろうかって。それで先ほど話があったE&Y代表の松澤さんに相談したところ、中坊 壮介さんと二俣さんに、そのための椅子や机、ラウンジチェアを作ってもらって…。

小林さん:場の歴史的文脈を継承していくということですね。

幅さん:はい。
話を本に戻すのであれば、昔だったら本なんてどこに置いていてもみんな読んでくれたのが、今は集中を阻むテクノロジーが沢山あるじゃないですか。3分集中するのも大変な世の中だから。時間の流れの遅い場所みたいなものを意図的に作らないと、人は読書に向かってくれないということで、読むための椅子だったり、ラウンジチェアを考えていきました。
実際に二俣さんが作ったラウンジチェアが置いてある3階は、美術批評や芸術書など、深く潜って読むべき本がたくさん置いてある場所なんですけど、カーペットの毛足を長くして滞留時間をのばし、じっくり本を向かい合ってもらうとか。
昔は『ブックディレクター』って本を選ぶだけの仕事という感じだったのが、本を読む周辺環境を整える、その本の差し出し方を考えるなども、仕事の範疇になってきています。おもしろいんだけれど、何屋さんかよくわからなくなってきている(笑)。

小林さん:話をきくと、つくづく『編集』だなと思う。人がそこでどう過ごすか、それを実現するためにカーペットの毛足の長さひとつからね…。

幅さん:違いますよね、毛足ひとつで。あと椅子の座面の高さと素材を変えるだけで全然違って、ちょっと読むためのスイッチを入れるというか。『本をいっぱい読みましょう』ってポスターを貼るよりは、気づいたら読んでいた、みたいな、そういう状況をどういうふうに作るかっていうのが大切です。

小林さんが幅さんにオススメするアイテム

汎用性の高いバイオプラスチックの買い物かご

小林さん:そんな仕事をしている幅くんですが!
私はLOST AND FOUNDの商品セレクトを行なっていて、今回は幅くんにオススメのアイテムを3つ選んでみました。
まずは『HINZA』というスウェーデン発のブランドのプラスチックバッグ(HINZA BAG)。脱プラに向かっているところで今なんでこれなのかっていうところなんですけど!

幅さん:本当だよね。逆走だね。

小林さん:実はこれ、サトウキビを原料としたバイオプラスチックが主原料なんですよ。そもそもは1950年代くらいまでスウェーデンの最王手のプラスチックメーカーが生産していて、買い物かごとして、また家で野菜を入れたりする家庭用で使われていたもの。60年代に使い捨ての時代になり、もう廃れちゃって、作られなくなってしまったんです。でもひ孫にあたる女性がパートナーの方と一緒に、2006年だったかな?復活させたもの。まさにLOST AND FOUNDだなって。

幅さん:なんでこれが幅にオススメなんですか?

小林さん:図書館に行くときにほら!

幅さん:トートじゃダメなんですか(笑)?

小林さん:トートはいいですよ。トートほど素晴らしいものはない!元々氷を入れる道具だったものに本を入れたりしているのだから、逆に買い物かごに本を入れるって、いいじゃないですか。

幅さん:ただ正直言いますと、本は重いですよ!

小林さん:大丈夫です。10kgまで耐えられます。アートディレクターの平林さんは、築地に買い物に行くときに使ってらっしゃるって。ドサっと入れても全く問題ないです。

幅さん:確かにね、お魚とかの臭いがつかなそう。

小林さん:そうそう、濡れたものも大丈夫ですし。家でお客さんが来たときにワインクーラーにもされているそうです。

巨匠がデザインした“無名性”ワインラック

小林さん:で、幅くんといえばワイン!

幅さん:え、僕ワインというわけでは(笑)!お酒全般です。

小林さん:ほら、荒木町の『HIBANA』っていうワインバーに連れていってもらったことがありましたよね。

幅さん:名店ですね。

小林さん:そうそう。そんなことを思い出しながら、おすすめしたいワインラック(REXITE CANTINA ワインラック)がありまして。12本収納できて連結もできるんですが、これ実は、エンツォ・マーリのデザインなんですよ。ぱっと見は“無名性”の塊のようにみえて、実はイタリアデザインの巨匠が手掛けているという意外性が面白いなと思って。エンツォ・マーリの仕事でまずこれを思い浮かべる人は極めて少ないと思うんだけど、敢えてそこに光を当てる。そのずらしがLOST AND FOUND的視点なんですよね。

幅さん:エンツォ・マーリらしさでいうと、どのあたりにあると思う?

小林さん:ひと言で言うと、哲学とロジックがこの“無名性”のなかに溶け込んでいるということなんじゃないかと。その意味では実はとてもエンツォ・マーリらしいプロダクトなのかもしれないです。
そういえば、確かみすず書房から『プロジェクトとパッション』っていう…。

幅さん:はい、素晴らしい本です。

小林さん:エンツォ・マーリ先生のフィロソフィーに触れるべく、是非読みたいと思っていて。でも調べたらかなり高くなっちゃっていて!絶版になっちゃってるんですか?

幅さん:今ね、どんどんリプリントをしなくなっちゃっているから。これは!っていうタイトルは値段の上がり方がすごい。特にハードカバーは高くて、『後から買おう』が、だんだん通用しない世の中になっていますね。本は早めに買った方がいいですよ。

小林さん:そういうとき、図書館は助かるなと思っていて。

幅さん:そうね、アーカイブズはやっぱりしっかりしてるからね。
でもどういう本を紙束として手元に置いておき、どういう本をデジタルで…みたいな使い分けみたいなのに対して、多分人は意識的になってきていて。
音楽とかもそうじゃないですか。なんでもSpotifyやApple Musicなどのサブスクリプションで聞けるけど、この1枚はレコードで持っといて、自分で針を落として聴きたい、という心持ちと同じような考え方。この1冊は紙で近くに置いておいて、気が付いたときに読んでみるとかね。
まぁ是非図書館で読んでいただいて、気に入ったら探してみてください。近くに置いておくと、安心して忘れられるんですよ。

小林さん:逆説的だけど、まさに。

幅さん:視界に入ってるって、実はすごい安心する。いつも読むわけではないんだけど、あーこの本そういえば、ってね。

小林さん:そうそう、幅くんが前に発言してた言葉ですごく印象的だったのが、『本は遅効性のメディアである』っていう…。

幅さん:よく言いますね。今は即効性ばかりが求められていて。来週の月曜日の会議のためにとりあえず読んどくとか、1000円の本を2時間で読んだら1000円と2時間分の何かがほしいとか。そうせざるを得ないような世の中の流れはあるのかもしれないけど、本はどっちかというと、いつ芽が出るかわからない種まき的に、別に“何かのため”じゃなくて、無意味に読んでもいいっていうことも言っておかないと、どんどん堅苦しくなる。そういうことは昔から言ってましたね。

ガシガシ洗える“遅効性”布巾

小林さん:意味に規定されない価値っていうことだったり、いつかそれが逆に『こういう意味だったのか』って帰ってきたり。
時間をかけて価値が醸成されていく、あるいは育っていく…そういう意味で、続いて『LIBECO』のベルギーリネンを使ったキッチンクロス(LIBECO キッチンクロス)をオススメします。いわゆる変哲も無い麻のクロスなんですが、時間をかけて使っていくととろみが増してね。

幅さん:とろみ…布巾的“とろみ”とはなんですか。

小林さん:落ち感というかね。繊維のハリからとろみへと変質していく感じ、手触りが変わっていくんですよ。もちろん僅かなハリは残りつつ、それの塩梅が絶妙なところで。。

幅さん:遅効性布巾ですね(笑)。

小林さん:(笑)いわゆるすぐ良さが発揮されるものとは違ったもので。

幅さん:これは家でガシガシあらっていいの?乾燥機も許してくれる?

小林さん:はい、ガシガシ洗って、乾燥機も使って大丈夫!

幅さん:『LIBECO』、覚えておきます。
おもしろいですね。さすがプロの目で集めてこられた物たちを堪能しました。


――
私たちの暮らしの中で、本を読むという行為が少なくなってきた昨今ですが、無意味に紙をめくる時間にしか得られないものはあり、そんな時間に連れて行ってくれるのが、幅さんの作る「図書館」という場です。
それは、LOST AND FOUNDが掲げた「忘れられてしまった大切なものが見つかる場所」と似たところがあるのではないでしょうか。
違う角度から互いに“編集”に関わるお二人の話はまだまだ続きます。
次回は幅さんが小林さんに選んできた、とっておきの本をご紹介しましょう。

続きのVol.2を見る

text by Sahoko Seki

※記事に価格の掲載がある場合、表示価格は投稿当時のものとなります。

記事一覧に戻る