時代を明るくリードしてくれる、様々な分野にまつわるプロフェッショナルたち。そんなプロたちが選んだLOST AND FOUNDのアイテムと共にお送りする「行方ひさこのLOST ANDFOUNDなキッチン」。仕事、プライベート共にたくさんのものを見て、真摯に向き合ってきた彼らだからこその、なにかを選択する時の視点やこだわり、向き合う姿勢などを掘り下げていきます。
麻生要一郎
今回は麻生要一郎さんの素敵なアトリエにお邪魔して、ポテトグラタンときゅうりのディップをいただきながら、お話をうかがいました。ほっと落ち着ける家庭的なお弁当のケータリングが口コミで広がり、雑誌へのレシピ提供や食や暮らしに関するエッセイの執筆などをするようになった要一郎さん。温かい料理は一体どんな空間で作り出されるのでしょうか。
アトリエに一歩入ると、真っ先に目に入るのは大きなカウンターキッチン。そこには調味料や食器、お鍋など、どれも手を伸ばせばすぐに使いたいものに届くように並べられていて、その隙間にはパートナーが育てているというグリーンや可愛らしい置物などお気に入りのアイテムたちが並んでいます。奥には庭に続く開放的で大きな窓があり、庭の観葉植物の間から気持ちの良い光が差し込んでいます。SNSを見ると、毎日のように友人たちが食卓を囲んでいる姿が楽しそうな麻生家。以前から、写真で見る表情や紡がれる言葉からも滲み出る愛情深さと大らかさに、いつかお会いしてみたい!と思っていましたが、手料理までいただけるとはなんとも役得が過ぎました。
お弁当屋!?
行方:今の仕事を始めたきっかけは何だったのでしょうか。
要一郎さん:編集者の友達の何気ない「暇だったらお弁当を作ってくれない?」という言葉に、撮影用のお弁当を作ったのが始まりです。十数個だったかな。その現場で食べた人が他の現場で頼んでくれたりして、数珠繋ぎに広がって注文が増えていったのが楽しかったし、嬉しかった。ところがある日、とある撮影で美術館での撮影にお弁当を届けに行ったところ、守衛さんが「お弁当屋さんがきましたー!」と大声で叫んだ声にギョッとして。あれ?僕はお弁当屋さんだったんだっけって(笑)。
行方:急にお弁当屋さんっていう肩書きがついた(笑)!
要一郎さん:義母の介護やコロナ禍もあって、お弁当はほどほどでいいかなと思ってたの。ファッションの展示会などにも頼まれてお弁当を持っていくことも増えたんだけど、お昼用に作って持って行ったのに、スタッフの方から「夜中に食べました。美味しかったです!」なんて言われると心配になる。それに展示会は誘惑も多くて、お弁当を20個届けて、7万円のパンツを買って、3万円のシャツを頼んで……コートなんて買ったら目も当てられない!
行方:同じようなこと、ありますあります、やらかしてます。ギャラがほとんど出ないのに、取材に行った先で15万円の壺を買ってしまったり!
要一郎さん:笑。でも、それがあっていろんな方々と知り合いになったり本を出すきっかけになったから、自分にとってのターニングポイントみたいな、ひとつのきっかけになったなと思ってる。
行方: 守衛さんは、お弁当を届けてくれた人をお弁当屋さんとしか言いようがなかったんでしょうね(笑)。
要一郎さん: 笑。雑誌の取材などで、「屋号はなんですか?」と聞かれたりしたけど、自分の名前で受けてるから屋号なんてないし、急に仰々しい名前を名乗っても変だし……肩書きもないので名前でお願いしますって言ってたの(笑)。
行方:今も肩書きはないですよね?
要一郎さん:ないない。
行方:ですよね。出版している料理本に言葉を書いたことによって連載の依頼がくるようになったんですか?
要一郎さん:そうそう。
行方:要一郎さんの言葉って、気取りがなく温かくていいですよね。
来るもの拒まず、受け入れてみる
要一郎さん;僕は光文社から3冊の本を出させてもらっているんだけど、本を出すきっかけになったのは、女性誌にお弁当を持って行ったことがきっかけ。女優さんの取材現場にお弁当を届けに行ったら、しばらくしてその担当者から着信があって、メールならとにかく電話がかかってくることなんてあまりないから、かなりドキドキして。「ひょっとしてあの女優さんがお腹をこわしたんじゃないか….」と思って女優さんのXを見て異常がないか調べてから、折り返しの電話をしたら、「うちの出版社から本を出しませんか」って話だったから、あー、よかったと思って(笑)。
行方:悪いことが起きてないか、調べてから電話したんですね、さすが(笑)!要一郎さんは、目標を決めてゴールを目指してやってきたというよりは、心地よく流されているというか流れているというか、とても自然体ですよね。
要一郎さん:そうそう。みなさん計画的に巧みに計算して行動していると思うけれど、僕は色々と惰性で(笑)。
行方:惰性ではないですよ(笑)。なりたい自分に頑張ってなる人もいるけれど、周りからの押しや推しでならされちゃう、気が付いたらなっていたっていう人もいるし、どちらが良いわけでも悪いわけでもないですよね。
要一郎さん:ね。この前、歴史あるブランドからトレンチコートの着用モデルの依頼があって、「仲良しの坂本美雨さんもご一緒に。」と言われて。美雨ちゃんに付き合ってもらって撮影に行ってきたんだけど、2人で並んでヘアメイクをしてもらって(笑)。「まさか、出会った頃は2人で並んでメイクをしてもらうことがあるなんて思わなかったね。」って(笑)。
行方:その会社にものすごい要一郎さん推しの人がいるんでしょうね。
要一郎さん:トレンチコートが意外と似合っちゃったの!その気になって、途中から裾をひらひらさせてみたり調子に乗っちゃった(笑)。
行方:笑。他にもファッションの仕事の依頼があったりしますか?
要一郎さん:ファッションというか、「ニットキャップを麻生さんに被って欲しい!」というご依頼をいただいて、とある雑誌の撮影をしたことがある。知り合いの花屋さんに協力いただいて、編集の方々に「可愛いー!」って言われながら花屋の前で撮影(笑)。人生は何が起きるか分からないから、楽しいなぁと思って。
行方:要一郎さんには無茶振り的仕事の依頼も楽しんでもらえそうですね(笑)。
要一郎さん:いただく仕事はあまり断らないようにしてるの。これはやらない!ってことを決めないようにしてる。だからこそ、来年は何してるかわからない!
このマンションから全ては始まった
行方:このアトリエは長いんですか?
要一郎さん:それが、まだ1年とちょっとくらい!
行方:えぇぇ!すごく長いこと使い込まれているように感じました。
要一郎さん:元々このマンションの二階の自宅で作っていたんだけど、手狭だったから、ここが空いてほぼそのままアトリエに。もう料理はここでしてここで食べるって決めてるの。
行方:インスタ情報ですが、五階のリノベもされているんですよね?
要一郎さん:そうそう。リノベが終わったら五階に住む予定なんだけど、そしたらここはどうしようかな。
要一郎さん:愛猫のちょびと一緒にこのマンションに引っ越してきて、同じマンションの上階に住む80代と70代の大家さん姉妹と顔を合わせる度に「あなたも1人なんでしょう? 私たちもずっと楽しく暮らして来たら、結婚もせずに2人ともこの歳になっちゃって。この先、私たちに何かあったらこのマンションを引き継いでくれない?」と言われるようになって。ほとんど初対面の僕にそんなことを言うくらいだから、きっとマンションの住人全てに同じことを言ってるんじゃないかと思って、軽く流すような生返事をしてたの。
行方:引っ越してすぐにお二人とも要一郎さんにピンときたんでしょうね。
要一郎さん:でも、そんなこと言われた経験もないし、本当に毎回毎回言ってくるもんだからなんなんだろうと思って(笑)。その姉妹は、割と派手でおしゃれでファンキーな姉妹だったの。しばらくしたある日、「買い物に付き合って欲しい。」と言われてついて行ったら、買うものっていうのがなんとお墓だった!
行方:すごい展開!
要一郎さん:姉妹に挟まれ真ん中に座って、「茨城なんて遠いんだから、あなたのお墓もこっちにしなさいよ。」なんて言われて3つ買うことになり、スタッフの方が契約書の購入に際してサインを求めると、隣に座っていた妹の方が、それまでしていたハイブランドのロゴ入りサングラスをパッと外してこちらを見て、「もう、麻生要一郎になりなさいよ。代表してココに名前を書きなさい」と(笑)。そこから麻生と名乗るようになったんだけど、僕の元々の苗字は麻生ではないんですよ。
行方:なんと!
要一郎さん:サングラスをパッと外して目を見て言わるなんてドラマみたいだなと。そして少し考えたんだけど、それもいいのかなと思って、まだ戸籍も入れていないのに麻生要一郎ってサインをして、そこから養子になったの。
行方:すごい即決力!じゃあ、このマンションに引っ越してきてから麻生要一郎になったんですね。要一郎さんにとって、義母たちはどんな存在ですか?
要一郎さん:うーん、ファンキーなお姉ちゃんたちって感じかな。今は妹は亡くなってしまって、姉は施設に入ってるからたまに面会に行くくらいかな。
白い器は料理だけでなく、なんでも合う
行方:このプレートと骨董との合わせ使い、すごく新鮮です。こうして新しいものと古いもの、洋と和を組み合わせることで、洋風のディップがどこか懐かしい感じもしますね。
要一郎さん:この白いボードは自由度が高いね。アトリエにある食器は義母たちから引き継いだものがほとんど。漆器や骨董は5-6枚揃ってるものが多いから重宝しています。
行方:要一郎さんご自身はどんな器が好きですか?
要一郎さん:自分で選ぶものは、素材感の有無はあるけれど白いものや無地のものが多いかな。料理を惹き立たせたい時は白い器を使うことが多いし、素材や料理を綺麗に見せたい時は白い器を選ぶ。料理を選ばないという点では白いシンプルなお皿は本当に優秀だなと思う。
今回、要一郎さんに作っていただいたポテトグラタンときゅうりのディップは、「REMASTERED FREEZER・OVEN」ROUND GRATIN DISHとCHEESE BOARDに盛り付けていただきました。こちらのシリーズは、より耐熱強度の高い白色強化磁器「PERCEPTION CHINA」から作られていて、オーブンからフリーザーでも活躍する強度とソフトな白さと風合いが特徴です。たっぷりのチーズが乗った、シンプルで優しい味わいのホクホクしたグラタン、ピリッとニンニクの効いた爽やかなディップは、彼の器使いの技によって、さらに存在感を増していました。
「グラタンとお刺身なんかが並んじゃうのが家庭料理の良さよね。外食では味わえない、ほっとするようなごちゃ混ぜ感ね。」という要一郎さんの言葉にも、人生のさまざまなポイントでの潔い決断にも、白い器のような懐の深さを感じます。料理を通じて誰かと繋がることで、日々を心から楽しむ。彼の柔軟な考え方や感性は、これから人と人、人とコトなど自由な繋がりを生んでいくのだと思います。
<記事内紹介商品>
行方ひさこ @hisakonamekata
アパレル会社の経営、ファッション、スポールアパレル、ライフスタイルブランドなどでディレクターとして活動。近年は食と工芸、地域活性化などエシカルとローカルをテーマに、その土地の風土や文化に色濃く影響を受けた「モノやコト」の背景やストーリーを読み解き、昔からの循環を大切に繋げていきたいという想いから、自分の五感で編集すべく日本各地の現場を訪れることをライフワークとしている。2021年より、地域の文化と観光が共生することを目的とした文化庁文化観光推進事業支援にコーチとして携わる。
Interview & text Hisako Namekata
Photo by Ryunosuke Kobayashi
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