「OKUSHIBU ご近所トーク」 VOL.2:FUGLEN TOKYO(代表・小島賢治さん)

LOST AND FOUND(以下LAF)に来たなら行くべき話題のご近所スポットに、エリアの魅力と自店の紹介をたっぷり話していただく連載。

自然に溢れながら、レストランやカフェ、アパレルや音楽、インテリア、アートなど…様々なカルチャーが心地よく交差する奥渋エリア。私たちがこの場所に店舗を構えたのは、自然の中で商業と住宅が混ざり合い、新旧のカルチャーが共存する独自の魅力を持った街だからです。ココに集うプロフェッショナルとエリアの魅力をとことん話してみよう、と奥渋愛とともに始まった連載をどうぞお楽しみください。

初回のトランクホテルに続き、第二回は東京のコーヒーシーンを代表する店舗「FUGLEN TOKYO」の代表、小島賢治さんにお話を伺いました。

フグレンはノルウェーの首都・オスロで始まったカフェ。小島さん曰く、「すごく小さなエリアに霞ヶ関と北海道のスキー場の両方が一緒にあるような」、中心部は歩いて回れるほどの小さな街です。

――小島さんはコーヒーを学ぶためにオスロに行ったんですよね。

小島さん「はい。もともと飲食店でサービス業に従事していました。何か技術を身に付けたいと思ってコーヒーの世界に入り、日本のコーヒー事情を考えると海外に出ることが良いと思い、2010年にオスロへ行きました。当時オスロにいた日本人は珍しく、コーヒー業界に来た日本人は初めてだと言われたくらいです。たまたまフグレンが日本オープンに向けて動き始めようとしたところで見た日本人が僕だったから、タイミングで任せてもらえることになったのだと思います(笑)」

もちろん、絶大な信頼関係を築いた上での話だったのだと思うが…
そもそもフグレンは、オスロのコーヒーと紅茶を売る店で話し上手のオウムが飼われており、常連客たちが「鳥カフェ」と名付けたのが始まりだそう。ノルウェー語で鳥を意味する「フグレン」がその店の名となった。そして2008年に今のオーナーが店を買い取り、世界中を飛ぶ渡り鳥のような会社にしたいということで、世界最長の距離を飛ぶという渡り鳥「アジサシ」がその象徴となったのだそう。港から港へと飛び、土地の良いものを吸収して次の土地へ行こうという想いが込められている。

――世界へ羽ばたくということでその一つに日本が選ばれたわけですが、何かオーナーには想いがあったのでしょうか。

小島さん「そうですね。創業者が『2007年・バリスタ・チャンピオンシップ(世界最高峰のバリスタの競技大会)』のノルウェー代表として戦った場所が日本だったんです。日本でコーヒーが盛り上がり始めたんですよね。その時から彼の中では日本に可能性を感じ、早くから東京進出の目標を掲げていました。オスロ、東京、ニューヨークというゴールを持っていました」

――私たちに日本人にとっては嬉しい話です。憧れの地、ニューヨークに加え、パリやミラノ、ロンドンではなく、東京が選ばれたんですね!
そこから富ヶ谷という地はどのようにして決まったのでしょうか。

小島さん「オスロのフグレンの常連客の一人、日本人とノルウェー人のハーフの方が、『渋谷の外れに家があるのだけど、一度見てみないか』ということで物件を紹介してもらったんです。考えていた構想ではある程度の広さが必要だったのですが、あまりいい物件に巡り会えず、まずはここでスタートしてみようということになりました。と言っても、僕自身埼玉県出身、新宿のカフェで修行したものの東京の土地勘はほとんどなく、オスロのスタッフたちももちろん東京をあまり知らない。リサーチせずに決まった感じではありましたね。結果的に公園が近くて遊歩道もあり、渋谷から歩けるけど渋谷のごちゃごちゃさはない。大使館があったりして落ち着いたエリアで…、本当にたまたまですが、とても良いエリアでした」

――2012年のオープン当初、日本にはコーヒー文化は今のように根付いていなかったですよね。

小島さん「そうですね。ゆっくり、2、3年かけてやり続ける必要があると考えていました。実は僕自身もオスロに行って初めてコーヒーを飲んだときは、レモンを絞ったくらいに酸っぱく感じて嫌いでした(笑)。この国でやっていけないんじゃないかって不安になったくらいです。オーストラリア、特にシドニースタイルを軸に学んでいたので全然違うんですよ。イタリアに近いスタイルで、焙煎が深い。エスプレッソの液体が濃く、風味が爆発するような味で出口が決まっているんです。でもノルウェーは逆に浅煎りで、素材が持つ風味を表現しています。素材が良ければその風味を最大限に生かしたいという考え方で真逆だったので、受け入れるのに少し時間がかかりました。1、2ヶ月飲んでいるうちに自分の好きなものが段々わかってきたんです。どんどんおもしろくなって、のめり込んでいきましたね」

――カフェを持ってくるにあたり、日本向けに工夫をしていったのでしょうか。

小島さん「いえ、せっかくノルウェーから持ってくるのだから、日本ぽくすることは絶対にしないと誓いを立てて始めました。オスロの日常を日本に持ってきたんです。日本だと、エアロプレスとか、コーヒーのブームがあってコーヒーが売れるようになりますよね。でも僕らはオスロと同じ時間の流れ方を届けたかった。例えば、入り口から入ってきたお客さまに丁寧に『オーダーはこちらです』って言うとすごく日本ぽくなる。オスロの人にそれは気持ち悪いって言われました(笑)」

――サービスひとつ、ノルウェーのカフェそのままのリラックスした雰囲気を大事にしたんですね。

小島さん「はい。富ヶ谷の店は、僕ともう一人のスタッフが外でベンチに座っていて、お客さんが入ってきたら『こんにちは』と声をかけてどちらかが店内に入って作り出す。そんなリラックスしたオスロスタイルで始まりました。今思うと、そんなフグレンを表現する場所としては富ヶ谷しか考えられないですね。夜はオスロと同じようにバー営業もし、近くの小さな飲食店と行き来してもらっています。日本人にとってはこの時間の流れ方が非日常に写って、結果的に良かったと言われます」

――今ではもちろんスタッフの方がベンチに座ってくつろぐ暇などなく、連日大賑わいの店舗となりましたね。最近小島さんが店頭に立つことはあるんですか?

小島さん「今はほとんどありません。新店舗オープン時に味を決めたり、スタッフに見せたりすることで現場に立つことはありますが、素材選びや運営に力を入れる立場です。前職でマネージャー業の経験から、ずっと現場にいたいという想いがありました。でもフグレンはどんどん拡大していくような企業でもなく、ゆっくり自分たちのペースでやっていますしね。あと、今の立場を受け入れたもう一つ理由があるとすると、コーヒーの生豆を買うときに、量を買わないと繋がりが作れないということ。コーヒーの味わいは生豆から焙煎をして決まります。だから、今の立場で、生豆を作る生産者と密な関係性を築いていきたいと思いました」

小島さん曰く、フグレントーキョーがオープンして時間をかけずに大人気店となったのは、雑誌「BRUTUS」でのノルウェー特集や韓国の有名俳優来店による聖地巡礼が後押ししたことも要因かもしれないが、やはり店が持つ独自のおしゃれさや働くスタッフの雰囲気によるところが大きいのではないか。派手なプロモーションをするわけではなく、私たちの生活の中には、何の違和感もなくこれまでもあったような佇まいで、いつの間にか存在していた。私たちの生活に寄り添い、いつでも美味しいコーヒーやお酒を温かい雰囲気の中で楽しめる店だ。
LAFから歩いて2分。先日取材した「トランクホテル ヨヨギパーク」の斜め向かいという場所で、刺激し合う仲でありたいと願っていたところ…
実は素敵な企画が実現したので、ここで少しお知らせを。

FUGLENオリジナルマグカップが完成!

フグレンのオリジナルコーヒーカップをNIKKOが製作しました。

小島さん「シャープでおしゃれな形、フグレンのオリジナルカラーであるブルーがしっかりと再現されたカップが完成しました。色には一番こだわりましたね。オスロの始まりが1963年、そして東京が2012年。この年号は必ずカップに入れているデザインです。さすがNIKKOさん、薄さもすごいですよね。NIKKOのロゴを底に入れたのは、メイドインジャパンを伝えたいという考えで、オスロのオーナーも入れて欲しいと言っていたから。とても気に入っています。自宅で毎朝コーヒーを入れているのですが、これからはこのカップを使いたいです」

オスロのフグレンに飾られているスカンジナビア航空の古い世界地図に、今ではフグレンと言えば!となったブルーが使われていたのだそう。ここにも、世界を飛ぶという想いが込められているようだ。
LAFでは、オリジナルギフトバッグに、オリジナルマグカップと、FUGLEN COFFEE ROASTERSのオリジナルドリップバッグ(5pcs)をセットにして数量限定で販売されることが決まりました。是非奥渋散歩でチェックしてみて!

FUGLEN TOKYO(フグレン トウキョウ)
住所/東京都渋谷区富ケ谷1-16-11 1F
https://fuglencoffee.jp/

interview & text by Sahoko Seki
photo by Naoki Yamashita

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