行方ひさこのLOST AND FOUNDなスタイル ― スタイリスト、フォトグラファー、クリエイティブディレクター熊谷隆志編

時代を明るくリードしてくれる、様々な分野のプロフェッショナルたち。そんなプロたちが選んだLOST AND FOUNDのアイテムと共にお送りする「行方ひさこのLOST ANDFOUNDなスタイル」。仕事、プライベート共にたくさんのものを見て、真摯に向き合ってきた彼らだからこその、モノを選択する時の視点やこだわり、向き合う姿勢などを掘り下げていきます。

熊谷隆志/くまがい・たかし

スタイリスト・クリエイティブディレクター・フォトグラファー 1970年生まれ。渡仏後、1994年に日本でスタイリストとしての活動をスタート。後にフォトグラファーとしての活動も開始する。1998年に自身がディレクターをつとめるファッションブランドGDCをスタートさせる。長年、トップスタイリストとして活躍し、現在も数多くのブランドやプロジェクトを手掛ける。@takashikumagai

「行方ひさこのLOST AND FOUNDなスタイル」2026年第一回目のゲストは、私の師匠とも呼べるボスであり、スタイリスト、フォトグラファー、クリエイティブディレクターの熊谷隆志さんをお迎えします。

ファッションブランドGDC(ジー・ディー・シー)を完全再起動させ、大きな話題となったのは2025年春のこと。GDCと言えば、1998年に一型のTシャツからスタートし、ストリートブランドブームを牽引する存在として一躍有名になりました。当時、スタイリストが作るブランドは珍しく、パイオニア的な存在でもありました。瞬く間にトップブランドへと成長しましたが、2010年ごろにGDCを手放し、その後も熊谷さんご自身は、スタイリストやフォトグラファーとしてはもちろん、さまざまなブランドのディレクションを手掛けられたりと、多方面で活躍されています。

私と熊谷さんの出会いは1990年代後半、ひょんなことからGDCの立ち上げ、そして運営に参画することに。熊谷さんを含む役員3人で立ち上げたGDCを、全くの未経験である私が一緒に伴走することになり、その後10年近くご一緒させていただきました。

あれから15年の時を経て、なぜ、このタイミングでGDCを復活させたのか、ブランド立ち上げ当初や1990年代の話しと共に、目利きである熊谷さんがLOST AND FOUNDの中からセレクトした一品についても話しを伺っていきます。

ひらめいたら、即、行動

行方:「色々な取材で何度も聞かれたと思いますが、GDCを復活させようと思ったきっかけはなんですか?」

熊谷:「色々とブランドのディレクションをしてきたけど、自分のクリエイションが思い通りに出来なくなったから。新しいブランドをゼロイチでやるよりも、過去にやっていたGDCをもう一度再起動するのが手っ取り早いかなと思って。自分のルーツだからね」

行方:「私にとってもルーツだと思っています。地方での撮影や仕事で出会う40歳くらいの男性に『ひさこさんってGDCでしたよね!』と興奮気味に声をかけられることも多いです。しかも、ここ最近が特に多くて、お会いする当日にTシャツを着てきてくれたりするんですよ」

熊谷:「ほぉ、ひさこがGDCだったって知ってる人がいるんだ。一人でやり出してからはセレブ売りじゃなかった?」

行方:「そんな売り方はしてないです(笑)。ゴルフウェアのディレクションもされてますよね。私もゴルフウェアのディレクターを長くしていたので、時期がかぶっていたら面白かったなのになと思っていました。それにしても多岐に渡るご活躍で!相変わらず、たくさんのプロジェクトを同時進行していて驚きます。あまりお会いしていなかったので、少し落ち着かれてるのかなと思ってたけど、全くそんなことはなかったですね(笑)」

熊谷:「ゴルフウェアもやってるし、色々やってる。でも、やっぱり自分だけでできるものではないからね。だから、自分が全てコントロールできるものをやろうと思ったの。それに、全く落ち着いてはないね。GDCを一度やめた時くらいが一番落ち着いていたかもしれない。GDCの後半くらいからサーフィンを始めて、その流れで一旦仕事もプライベートも緩やかになった時期はあったかな」

行方:「サーフボードを作ったり、家具をデザインしたり、植物で庭をデザインしたり、クラフトにいったりと側から見ていると好きなことや趣味をどんどん仕事にしていくバイタリティが本当に半端ないなと昔から思ってました。いつも世間よりちょっと早いし、スピード感も爆速なのでなかなか凡人にはついていけないと思います」

熊谷:「時間がないから趣味を仕事にするしか方法がないの(笑)」

行方:「そうですよね。いつも突然、すごい角度でいろんな豪速球が飛んでくるなって感覚で仕事をしてました。決断力も行動力も全てが速すぎて、一瞬でも気を抜くと、あっという間に置いていかれちゃう。ついていくだけじゃ仕事にならないから、先回りしたり後ろに回ってフォローしたりと、とにかく人生で一番集中していた時期だったように思います。でも、コレクションに出たり、カフェやヨガ教室をやったり…普通の会社ではなかなか経験できないようなことを、ど真ん中でやらせていただいて、かなり幅を広げていただいたと思っています。GDCを離れて、そこからファッション界のいろいろな方々とお仕事をさせていただきましたが、GDCでの経験とスピードが高速すぎて、全てがものすごいスローモーションに見えました(笑)。
思いついたらすぐ連絡、そしてすぐに即決!という熊谷さんですが、何かを決める時に大切にしていることはありますか?」

熊谷:「車の運転中にひらめくことが多い」

行方:「ロゴTシャツの言葉やデザインも、急に上から降りてくることが多かったですよね。GDCの記念すべき一番最初のTシャツも、Tシャツでも作ろうかねと集まった最初の打ち合わせの開始3分くらいに『AVA-HA』がいいって言って、そのままデザインに突入したんですよね」

熊谷:「そうだっけ(笑)」

行方:「頭に浮かんだひらめきを、都度都度修正しながらもどんどん動いていくことで、確信がさらに現実的になっていく感じですね。」

熊谷:「直感は大体合ってるんだよね」


即決したアイテムは

行方:「今回、LOST AND FOUNDの中からお気に入りをセレクトしていただくのにご相談しようと思ったら、すでにアイテムを決めていただいて、返事が返ってきました(笑)。こちらを選んだ理由を教えてください」

熊谷:「領収書の整理」

行方:「一つの質問に一文で答えていただけるのは一問一答のようでわかりやすくて良いのですが、記事にするためにはもう少し膨らませていただけると助かります(笑)」

熊谷:「領収書をまとめる作業が月に一、二回あるんだけど、今までは携帯で計算していたところをデザイン性のあるかっこいい電卓でやった方が気分も良いし、捗るかなと思って」

行方:「わかりました、ありがとうございます(笑)。こちらのBRAUNの電卓、デザインされたのは1980年代なのですが、40年以上経った今でも新しく感じるほどのデザインですよね。使いやすく色分けされたボタンの配色が特徴的な電卓です。iPhoneに入っている純正アプリの電卓も、こちらBRAUNのデザインから踏襲したんだそうですよ」

熊谷:「この店舗に置いておいて、ここでパパッとやるのに大きさもデザインもちょうどいい」

行方:「店舗に置いていただけて光栄です。面倒なことも先送りにせずにぱっぱとこなしていく姿勢を見習いたいです」


全くと言っていいほどない、当時の記憶

行方:「以前の店舗も代官山でしたが、今回も代官山という場所にこだわりましたか?」

熊谷:「当初からうちは裏原宿じゃなくて、裏代官山だと思ってたからね。ここは裏じゃなくてメインストリートなんだけど、代官山ということにはこだわって探してた」

行方:「今回はどんなテーマで店舗作りをされましたか?」

熊谷:「ドイツの古いパブをイメージした内装にした」

行方:「いいですね、コンパクトだけど熊谷さんらしい仕上がり。昔の店舗は今でも色々思い出します」

熊谷:「俺、全く記憶ないんだよね(笑)」

行方:「え(笑)。廃線になった電車の路線から持ってきた枕木で床を作ったりとか、熊谷さんのこだわりがめちゃめちゃ詰まってたと記憶していたんですけど!」

熊谷:「あー、盛岡のね」

行方:「そうです、そうです。以前の店舗は古民家を改装したものでしたが、お店を出すって決めたらすぐに海外に買い付けに行って、店舗三つ分くらい大量に家具や装飾品を買ってきちゃったのとか、倉庫を借りて保管してたのとか覚えてます?」

熊谷:「へぇ、知らない(笑)」

行方:「あの当初は家具が安価で手に入ったこともありましたし、店舗用の家具を膨大に購入されてましたよ。事務所も家具だらけで、ベアチェアーやペリアンとかがゴロゴロしていて。今考えると夢の空間でしたけどね。ベアチェアは、今でこそ300万円以上もするけれど」

熊谷:「当初は数十万円程度」

行方:「なんの気兼ねもなくお昼寝してたのを覚えています。打ち合わせが25時から!なんて時もありましたから」


これからのものづくり

行方:「見たことのあるロゴが所狭しと並んでて、本当に懐かしいです。新しいGDCはどんなコンセプトですか?」

熊谷:「昔、生産を担当しくれてたKさんに作ってもらってるよ。Kさんが過去のほとんどのアイテムのパターンや詳細を諸々とっておいてくれていたから、過去作を計画的に今の時代に合わせて展開していこうかなと。

好きなものはずっと変わらず、ヨーロピアンとアメリカだからそこを中心に、ヨーロッパの古着も取り入れていこうと思ってる。当時、GDCを買ってくれていた人にも、これからの若い人にも届けられたらいいなと」

行方:「ますます楽しみです。当時から熊谷さんは、とにかくインスピレーションの泉のようにクリエーションが溢れすぎて、一回の展示会で300アイテムはあったんじゃないかな。当時はとにかく思い浮かんだものは全てカタチになるようにシーズンごとに設定するテーマも、毎回バリエーションに富んでいて、知らないことだらけで本当に刺激的でした。当時は、かなり本格的な撮影をしてカタログを作ってましたよね」

熊谷:「あるよ」

行方:「おぉ、懐かしい!釧路湿原やハワイで撮影したのは、トラブルもあったりしてとても印象的で、今でもよく覚えています。裏原宿、ストリートブランドと言われていましたけど、流行に左右されず毎回テーマを定めて、過去の良き時代のカルチャー、映画、古着をGDCなりにアップデートして、しっかりとしたコンセプトや伝えたいことがあるブランドだったと、今更ながらに思っています」

熊谷:「若者との接点が増えたことで、この世代に刺さるものづくりもしたいなと思うようになったんだよね。ちょうど僕たち世代の頃の古着に熱中している若者も多いから、そこは得意分野だなと思って」

行方:「そうですね!」

熊谷:「復活してからシーズンでのものづくりではなく、コラボレーションと単発のものづくりをしていたけれど、2026年からは昔からお世話になっている地方の店舗を呼んで展示会ベースにする予定と、中国や香港などのアジアの国々への進出もしていきたい。でも、マーケティング的なものは極力作らずに、できるだけ自分が本当に作りたいものを突き詰めたものづくりをしていくつもり」

当時は多忙だったからか、GDCも含めた過去の記憶がほとんどないという熊谷さん。人の何倍も経験してきた場数と知識のクラシック、トラッド、モード、カジュアルという幅広いアーカイブと引き出しの中から、ある人には懐かしく、またある人には新鮮に映る、ファションの中で少し開け忘れられていた大切なものを、熊谷テイストの新しい景色として見せてくれると思います。

<記事内紹介・関連商品>

 

行方ひさこ@hisakonamekata
ブランディングディレクター
ファッションやライフスタイルブランドのディレクションなどで活動。近年は食と工芸、地域活性化など、エシカルとローカルをテーマにその土地の風土や文化に色濃く影響を受けた「モノやコト」の背景やストーリーを読み解き、昔からの循環を大切に繋げていきたいという想いから、自分の五感で編集すべく日本各地の現場を訪れることをライフワークとしている。2025年より福岡県糸島市にて「科学の村」つくるため、学術研究都市づくりに参画。阿蘇草原大使。


Interview & text : Hisako Namekata
Edit : Sahoko Seki
Photo : Tatsuro Yasui

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